2006年06月28日

完全流産(涙と支え)


初期流産の多くは、子供側の原因だと聞きます。
検査には出していないけど、胎児側の染色体異常だろうと…。

実際…
自分たちの子供は胎嚢が大きくならない成長異常がありました。
だけど、初期とはいえ、あれだけの痛みを身体で感じると…
自然淘汰を頭では解っていても、辛くて涙が出ました。

自分が経験しないと、その複雑な心まではわからない(´・ω・`)

今までは、なんともなかったことにまで反応する。
ちょっとした受け止め方の変化で世界が変わりました。

先に初期流産(稽留流産)を体験した友人、カナたん。
今はもう無事に1児のママになった彼女だけど…
当時、「痛かった…」と言っていたのも解ったし―
全く経験のない人よりは、近い場所に立てたのではないかと思います。

彼女は私にとって、心の支えです。

2006年06月26日

完全流産(子供)


明け方4:50頃まで子宮収縮は痛いし、
痛みのあまり眠れないしで、起きていた記憶があります。
痛みが遠退いた合間合間に意識が飛んで少し休み、
また痛みで意識が戻って耐えることの繰り返し。

ホントやっと眠れたのに、6:30頃―
頭上からナースさんの呼びかけが、ぴろーん!(-"-)

「ソマリさーん、体温測ってもらえますか?」

低血圧で朝も弱い、寝起きも悪いソマリ。
かなーりご機嫌斜めでイラつきながら体温を測った。

そして、起きたついでにトイレへ。

2006年06月24日

完全流産(真夜中のメール)


アドナ、ダクチル…
1回分だけ追加処方されたデュファストンを飲んでから、
ベッドへ横になった。

出血は既に茶褐色から鮮血になり…
ドンドン生理並みに増えてきて、下腹部痛も酷くなってきた。

まさか、こんな出血になるとは思っていなかったので、
自宅から着けていた物も、替えも普通の日用のナプキン。

体勢に気をつけていないと、
確実に”漏れる量”に危機感と焦りを感じた。

2006年06月23日

完全流産(入院した夜)


医師:
「心拍が判らなくなってますね…。
もしかしたら、このまま出てくるかもしれません。
明日の朝、もう1度見てみましょう。一応、1回分、追加薬を出しておきますので。」

これから夜が明けるまでに何が起こるかわからないので、
だりんも「入院させて様子を診てあげて下さい。」と医師に任せることになる。
一瞬、帰れるかと思ったけど、私はそのまま予定通りの入院。

そして―
時間的には短くても、長い夜を…
家とは違う、冷たくて硬い病室のベッドに1人ぼっちで
過ごすことになりました。

病室の空調の音が静かに聞こえる中、窓の外の天気は悪くて、
風が何度も病室の窓を叩いていき、
何がこれから起こるのかわからない私の心をいっそう不安にさせました。

1回分だけ処方された薬は、デュファストン
どんな効果を狙ってだったのか、わかりませんが…。

初めての入院、怖いよぅ(‥、)
寂しい、だりんと離れ離れの夜。

4人部屋だったけど、
入院してたのは私と他にもう一人だけ。

隣の人もなかなか眠れないのか、私が来たときから携帯いじり。
ずっと一緒にカタカタしていました。

(続く→)

2006年06月22日

完全流産(始まりの日)


その後―
自宅の安静生活で1週間が経とうとする頃になっても、
出血は止まらず。

トイレで大きい方をすると、鮮血。
それ以外は、おりものへ茶褐色に少量混ざっていた。

トイレが怖い…。
鮮血になったらヤバイんだよね?

きっと大丈夫、まだ大丈夫。
心拍だって、確認できてるじゃん。

2006年06月21日

完全流産(診察→自宅安静)


翌日―
病院へ行こうにも、まだ義母たちがいるので、
なかなか家を空けて出て行くタイミングがありません。

だりんは、「ちゃんと病院に行けよ?」と言葉を残し、
職場へ出勤。

(行きたくても行けないよ…辛いよ、だりん。。)

病院へ今すぐにでも行きたいのに、行けないもどかしさ。
私の心は不安で焦るばかり。

(お願い…しんどいよ、早く帰って!)

義母たちが観光名所へ出掛けたタイミングで、やっと病院へ。
それでも、いつ観光が終わって家に戻ってくるか判らないので、
気が気じゃありません。

(早く帰らなきゃ、早く帰らなきゃ…)

検尿を採ってからの長い、長い、待ち時間。
約2時間ぐらい待つことなんて、この産婦人科では普通。
誰かに陣痛が起これば、診察はストップ。

やっと私の順番が来て、
昨日から突然、極少量の出血が出始めたコトを話して、エコー。

2006年06月20日

完全流産(出血の始まり)


季節はもう2004年8月―

8月に入ると、全国的にお祭りシーズンだと思います。
私たちが生活していた田舎も花火大会や祭りを楽しむために、
県外ナンバーも増え始める頃です。

都会で暮らすだりんの母と姉、姉の子供たち(3人)も、
この時、祭りを見にこちらへ遊びに来る予定になっていました。

妊娠が発覚して以来…しんどいのに、
だりんの他に5人も気遣う余裕なんてありません。
私と同じ状況であっても、気遣える人はいくらでもいると思います。

でも…
自分は恥ずかしながら、
気の利かない人間でその器が足りません…(´・ω・`)ショボン。

一生懸命考えて移した行動でさえ、裏目に出てしまったり…
そういった経験や、コンプレックスで上手くやれるか、
そんな不安が大きかったのです。

2006年06月19日

完全流産(妊娠経過編)


新婚生活、2ヶ月目――
まだまだ2人で色々やりたいことがある盛りです。
夕方、帰宅しただりんに妊娠反応が出たことを報告。

私はピンと来なくても、本当に嬉しそうな彼に救われた・・・。

「でも、本当に妊娠しているのかな?
ぬか喜びはしたくないから、明日病院に行ってからにしよう。」

確か、まだ5週だったと思います。
エコーで胎嚢が小さいながらも確認できて、
「妊娠してますね」と言われました。

だりんにメールで「妊娠してるよ」と報告。

彼は大喜びで、早く両親にも報告したいと言いました。
でも、私はこれからまだどうなるか判らないし、
報告は早いと思ったのですが・・・。

2006年06月18日

完全流産(妊娠発覚編)


結婚前までついていた医療系の職業柄、
不妊治療をしていると思われる若い女性を…
毎日たくさん見ていました。

昔と違って、物がありふれる社会―
便利さと引き換えに…
私たちは健康を失ってしまったのかもしれません。

環境ホルモンの影響やその問題などで男女とも、
生殖能力が落ちてきているコトは知識として知っていたので、
人事とは思えなくて…。

今は(未婚で)まだ判らなくても、
自分にも、誰にでも、その「可能性があるかもしれない」のだと…
頭のどこかで考えていました。

そして―
そんな私も意外に早く、初めての彼と…
トントン拍子に23歳(当時)で10歳年上のだりんと結婚!(*´ω`*)

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